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2006年8月26日 (土)

産婦人科

横浜市の堀病院における保健師助産師看護師法違反容疑で同病院の家宅捜索を24日に神奈川県警が行ったと報道されています。

第一報は各社とも家宅捜査の事実と警察情報を中心とした容疑の内容についてである。新聞、TV等のメディアによる報道は、事件発生時において問題を深く掘り下げることが難しい面はある。しかし、問題の本質を見誤ってはならない。そこで、今回は産科医療の問題点を私なりに突っ込んで見ます。

(1)医師、医療従事者不足と分娩施設の減少

多分一言で言えば、不足という言葉につきるのだろう。日本産科婦人科学会が行った全国周産期医療データベース(平成17年12月1日現在の状況に関するアンケート調査)によれば、日本全国の分娩施設数は病院数が1273、有床診療所数が1783の合計3056で、その他に自施設で分娩を取り扱う助産所が263。合計3319である。現実にはその後も減少しているとみこまれることから、現在は3000程度と調査結果では予想しています。

分娩施設は最近減少傾向にあり、最近の増減数は、平成17年9月5日厚生労働省審議会の日本産婦人科医会による資料によれば以下の表の通りです。

  平成14年度 平成15年度 平成16年度 合計 合計
  病院 診療所 病院 診療所 病院 診療所 病院 診療所
新規開設 5 23 4 10 6 25 15 58 73
分娩とりやめ 13 48 25 76 38 71 76 195 271
減少数 8 25 21 66 32 46 61 137 198

全国周産期医療データベースは、分娩に関与する常勤医師数は、大学の医員を常勤医に含めて合計を行った結果で7873名で、従来考えられていたよりもはるかに少ない人数であると述べています。

同データベースによれば、有床診療所の常勤医数は1名の施設が1214(68.7%)、2名の施設が452(25.6%)、3名以上の施設が99(5.6%)であります。常勤医1名の施設で24時間対応が必要な分娩の取り扱いを行うことは激務であり、中止する施設も増加しつつあると考えられるとのことです。ある医師の話ですが、開業産婦人科医は高齢化が一番進んでいるらしいです。60代が多いと。

(2)産科医師の激務

産科医師の激務は、(1)の不足により激務となっていると言えるし、激務であるから産科医師のなり手がいない。逆に廃業される方がおられると、どちらが鶏で卵と言う関係ではあるが、悪循環に陥っているのが現状と私は理解します。(1)の不足を止めるためには、産科医師希望者が増えるようにしなければならない。それと大事なことは、医師を育てるには、長い年月を要するし、その為の費用もかかることです。不足したから、XXから緊急輸入とは行かないのです。国家試験に合格した後にも経験を積んで一人前の医師になっていくのです。

どの程度の、激務かは私自身が産科医ではないので、私が説明するより、本年4月25日の衆議院厚生労働委員会における横浜市立大学附属市民総合医療センター母子医療センター産科現場責任者の奥田美加先生の発言(これ)を読んでいただいた方がわかると思います。3Kとは今や産科医のためにあると言った感じです。なお、この発言を国会図書館の議事録からも入手できますが、 厚生労働委員会議事録17号の7~8ページです。

いつ生まれてくるか分からないし、陣痛から分娩までの時間も様々である。周産期(分娩周辺期)は決してリスクがゼロとは限らない。以下の表は、他国の数字も記載してあるが、前掲の表と同じく平成17年9月5日厚生労働省審議会の日本産婦人科医会による資料に週産期統計として掲載されていたものです。24時間体制の分娩管理があるから、母子共に安心できる、父も頼れるという状態が得られていると思います。

国名 妊婦死亡率
出生 10万対
新生児死亡率
出生 千対
周産期死亡率
出生 千対
総医療費/GDP
の世界順位
日本 2003 6.1 1.7 3.6  
1999 6.1 1.8 4.0  
1998 7.1 2.0 4.1 17位
1997 6.5 1.9 4.2  
アメリカ 1999   4.7   1位
1998 7.1   5.1  
フランス 1999   2.9   5位
1998 10.1      
1997   2.7 7.1  
スウェーデン 1998 7.9 2.3 5.2  

日本が、どの数字においてもトップ。すごいです。その陰には、これを支えてこられた医師、助産師、看護師、その他多くの医療関係者がおられるわけで、過酷な勤務をしいて折角築いた良い状態を壊したくない。人手不足だからと中止できない産科医の仕事を理解しなければならない。以下は、日本産婦人科医会2005年9月5日づけ産科における看護師等の業務についての中にあった文章です。

新卒医師は毎年約8.000 人、このうち産婦人科に進む者は300 人で、そのうち女性医師が半を占め、時間が不規則な産科を希望しない。従って加重労働と医療訴訟の多い産科(周産期医療)に進む者は僅かに80 人程度である。

(3)医療過誤、医療訴訟

「医療過誤に関する訴訟の3割以上が産婦人科関連であることが、多大な心理的、経済的負担を生み、このことが新たに産科を志望する医師の減少を招いている。」と記載しているのが、厚生労働省、総務省及び文部科学省の課室長級の人達と日本産科婦人科学会、日本病院会他が加わっての小児科・産科における医療資源の集約化・重点化に関するワーキンググループ取りまとめ(平成17年)です。

更には、刑事事件となることがある。本年3月10日に福島県立大野病院の産科医の加藤医師が、業務上過失致死及び医師法違反の罪に問われ、起訴された。この事件で女性が亡くなったのですが、この亡くなった女性の帝王切開手術に際し、胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行せず、クーパーを用いて漫然と胎盤の癒着部分を剥離した過失により、大量出血により失血死させたというのが起訴事実です。

加藤医師を業務上過失致死(刑法)に問えるのか、起訴をすることが正しいのかと言う問題です。「医師でもない警察や検察が最もらしい過失行為を挙げて犯罪と言えるのか?結果論を勝手に言ってるんではないのか?」と私などは思うのです。医療中の事故と医療過誤の違いは、簡単とは思えないし、又、過誤があったからそれが刑法上の犯罪とできるのはよっぽどの場合と考えます。

医師の方は皆さん不当な起訴だと言っておられます。ここに7月21日の第一回公判前整理手続き時に弁護団が出したプレスリリースがあります。人によっては、弁護団のプレスリリースのみ読んでも片方だけの意見だから役に立たないと思われるかも知れませんが、私は、このプレスリリースの内容は、事実を正確に述べていると思っています。日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会のこの事件についての発表文もここにおいておきます。

警察的発想からすれば、「被害者(死亡者)がいれば、加害者がいるはずだ。正義の警察は犯人(加害者)を挙げねば。」となるのかも知れない。しかし、医療とは常にある意味では死と隣り合わせでいるわけで、最善を尽くしても残念ながら亡くなることがある。様々なことが重なって診断が困難なこともある。幾つかの治療方法が考えられることもある。一旦方針を決めても、それを刻々と変化する状態に応じて、変えねばならない。大変である。

最近の事故に、ふじみ野市プール事件とクレーン船送電線損傷事件があった。この2つの事件は、結果が想定されていた。(プール事件では針金で蓋を結んで使うなんてとんでもない。クレーン船は、送電線にぶつかることが判っていながら、クレーンを上げて進んだ。)業務上過失致死(クレーン船の場合は、死亡者がいないが)となっても納得がいく。結果が予想されるにも拘わらず、対策があるにも拘わらず、それを怠った。医療でも患者取り違えで死亡すれば業務上過失致死である。誰が見ても、重大な過失があると判断されれば業務上過失致死であるが、選択肢の多い医療の現場で、警察・検察が介入することは慎重な判断で行う必要があると私は思う。

(4)横浜市の堀病院における保健師助産師看護師法違反容疑について

直接的なコメントは差し控えますが、看護師による内診については、日本産婦人科医会2005年9月5日づけ産科における看護師等の業務についての中で次のように書かれています。

医政看発第1114001 号;平成14 年11 月14 日)にて厚生労働省医政局看護課長より鹿児島県保健福祉部長宛てに回答が送られた。①産婦に対して、内診を行うことにより、子宮口の開大、児頭の回旋等を確認すること並びに分娩進行の状況把握及び正常範囲からの逸脱の有無を判断すること。・・・・・以上の行為を看護師はしてはならない。

これまで、厚労省医政局長通知により禁止されていた看護師による静脈注射が、同じく医政局長通知により平成14 年、医師の指示の下に看護師も実施できる診療の補助行為の範疇として取り扱うこととなった例もある。内診は静脈注射よりもはるかに侵襲が少ないと考える。従って、分娩進行に伴い異常の発生する可能性を常にはらんでいる産科医療において、少ない人的資源を有効に活用し安全で快適な経過を得るためには医師、助産師、看護師の協調が不可欠であり、この見地からも分娩第Ⅰ期の経過観察に看護師の関与を認め、医師の管理下での内診を診療補助行為とみなすことを希望する。

即ち、通達において厚労省が、看護師はしてはならないとしており、明確な保健師助産師看護師法違反とまでは言えないのかも知れない。法に違反しているかどうかは、政府の判断ではなく司法の判断である。それと、昨年9月に日本産婦人科医会は看護師による検診を要望していたのだ。

看護師による検診を要望したのは、医師不足・助産師不足を医師・助産師・看護師のコメディカルで対応せざるを得ない現状からだとしている。助産師不足について同文書では以下のように述べています。

分娩(入院時の内診から分娩経過診察、分娩介助を含む)は必ず医師・助産師が担当するとすれば、その医療機関の分娩数に係らず、3交代制で実施する場合は延べ21 人/週であり、外来における妊婦検診(産科計測など)を担当する助産師・休暇(週休2 日所制)を含めて1 医療機関につき少なくとも約6~8 人以上の助産師が必要となる。しかも、助産師が2 人ペアで勤務することとすればさらに増加する。仮に、1 人で勤務するとしても、全国分娩取り扱い施設は6,473 施設で、必要な助産師数は51,784 人のところ、現在届け出されている産科施設就業助産師数は23,819 人で27,965 人不足となる。

これを読んでいると、堀院長は、県警の調べに対して開き直っていると簡単に批判して正しいのだろうかと疑問を持ってしまう。妊婦がいて出産になれば産科医として助けざるを得ない。医師の仕事は、自らがセールス活動を行えない仕事である。一方、医療行為を拒否することは出来ない。そんな仕事である。

堀病院の神奈川県警の捜査について、モトケン弁護士のブログに書かれた産科医のコメントをご本人及び関係者からの承諾を得ていないのですが、医師のコメントとして続きを読むの部分に勝手に掲載させて貰います。

産科、小児科が日本で今一番医療崩壊が進んでいると言われている。医療崩壊が生じれば、国民が困るのである。そして崩壊をくい止める手段を講じても、その効果が現れるのは相当の年月を経過してからである。この現実を正しく認識する必要がある。税金を使ってでも医療崩壊をくい止めることも検討すべきかも知れない。医療崩壊が生じたとき、そのしわ寄せは一番弱い者、貧しい者に来る。政治家が自分の票のために小さい政府と言うとき程、恐ろしいときはないのかも知れない。

又、関係するブログのリンクを以下においておきます。

元検弁護士のつぶやき・無資格の助産行為医療崩壊に対する制度論的対策について(その2)医療崩壊に対する制度論的対策について

ある産婦人科医のひとりごと・神奈川県警による堀病院強制捜索に関して

東京日和@元勤務医の日々・警察とマスコミが産科医療を滅ぼす]助産師不足

勤務医 開業つれづれ日記・国の産科 絶滅政策

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看護師が内診をしたのと母胎死亡との因果関係は全くないとおもわれます。

母胎死亡を業務過失にするのは困難だと判断し、とりあえず違法行為が証明しやすい本件を取り上げたのだろうと思います。医学的に見て、単純に子宮口の開大の程度を確認するだけの内診行為は、血圧測定などと全く同じで、現在の状態を判断するには非常に重要であるが、助産行為(産を助ける)には該当しないと思われます。

「●○病院は助産婦○人」というのは、ナンセンスだと思います。都会の大病院では産科病棟の看護婦は全て助産師資格を持っていると言うだけで、うちの病院では食事の配膳や体ふき果てはシーツ交換なども助産師がやっています。(これを助産師の偏在といいます)
助産師様は小さい診療所なんかには勤めてくれません。小さい診療所で働く助産師は、若干「ドロップアウト」的に見られる風潮ももあります。ハッキリ言えることは、現状で看護婦の内診を禁ずるのを徹底すると、大変な事態になると言うことです。

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