続続々 大淀病院事件
またまた大淀病院事件について書いてしまいます。
(1)正義のマスコミ?
10月17日に報道があったのですが、毎日新聞のスクープだったのです。毎日新聞2006年10月22日支局長からの手紙:遺族と医師の間で(奈良支局長・井上朗)で「結果的には本紙のスクープになったのですが、第一報の原稿を本社に放した後、背筋を伸ばされるような思いに駆られました。」と言っています。
Webのニュースで各社の時間を見ると毎日新聞3時00分、朝日新聞12時13分、読売新聞13時1分、産経新聞13時03分でした。
報道されている内容は、事件を部分的に捉えているだけで、本質には迫っていないと思うんです。毎日新聞の支局長からの手紙の「背筋を伸ばされるような思い」とはよく分からないのですが、「やったー。万歳!」という感じではないかと思ったのです。
でも「病院のガードは固く、医師の口は重い。」とあり、取材したのは、遺族が中心であったと思うのです。新生児の誕生が8月8日で妊婦死亡が8月16日でした。2ヶ月以上経過しての報道です。だったら、一方のみの取材ではなく多方面の取材を行い誤解を与えない真の問題点や核心を突いた報道にすべきと私は考えます。他社も負けずにと報道しているが、同じ様なセンセーショナルな報道が多く、それに更に輪をかけたのがTV局であり、その上を行っているのがTVワイドショーです。
例えば、医師には守秘義務があります。「医師からは取材できないので、患者からの情報だけとする。」は偏り過ぎと思います。自分自身が患者だとしたら、医師には守秘義務を守って欲しいと思うはずです。さもないと、裸になって弱点をさらけ出せないはずです。医師と患者の信頼関係は重要です。医師が慎重になるのは解ります。
「マスコミは暴力です...」と言っておられるのは、いなか小児科医さんです。マスコミは良い社会をつくるために報道をして欲しいと考えます。
(2) 子癇発作
「元検弁護士のつぶやき」の中のコメントで山口(産婦人科)さんが、解りやすい解説をされておられるので、転載させていただきます。
浅学ながら、他の産科医が書き込みなさらないのでXXXさんに。
まず子癇発作というのは血管が締まって脳に血が行かなくなる状態です。当然脳以外の所でも血管が締まっていますから胎盤や腎臓、肝臓でも血流が極端に落ちます。従って一時的とはいえ脳全体が酸欠になっている上、さらに腎不全と肝不全がこれまた一時的とはいえ起こっているとお考えください。そうなれば脳浮腫(脳がむくむ)も起きますし、胎児の状態も悪くなります。けいれんが起きていれば呼吸状態も悪いでしょうから、胎児の状態はさらに悪いでしょう。母体がそのまま死んでしまうことだってあります。前にも書きましたがこれくらい重症だと大体1割死亡。ここまでで重症の子癇発作がどんな状態かイメージできたでしょうか?
で、医者の間では知られた事実ですが、脳梗塞の後血流が再開すると、そこで脳出血が起こることもあります。今回はこれではないかと推定しているわけです。
さらにさらに子癇発作というのは妊娠中毒症の妊婦に起きやすいわけですが、比較的軽症中毒症でも血が固まりやすくなって、ちょっとしたきっかけで体内に血栓が起きてしまいます。ましてや子癇発作時は、全身に微少な血栓が飛び散ったあげく、かえって止血機構が破綻して出血が止まらなくなるDICという状態も起きやすくなります。こうなったらもう多臓器不全から死亡へまっしぐらです。妊娠中毒症や子癇発作がどんなに危険なものか、おわかりいただけたでしょうか。私自身も遭遇経験はないので、ちょっと怖さを大げさに書いているかもしれませんが、間違っていたらどなたか修正してください。
というわけで、意識の戻らない重症の子癇発作患者を受け入れるというのは、並ではない覚悟が必要です。胎児も死ぬかもしれず、母体も死ぬかもしれない。しかも死ねばバッシングが待っている。おまけに前に書いたように、検察は「万全の体制でやれないところで危険な症例を引き受けるべきではない」と福島県立大野病院の事件で医師を逮捕したのですから、NICU,ICU,新生児専門小児科医、麻酔医、産科医数人ずつと、脳出血が明らかになった時点でさらに少なくとも脳外科医2名を直ちに用意できなければ受け入れ不能と回答するしかありません。野戦病院じゃあるまいし、「ベッドがなくても受け入れろ」という言葉の非現実性がお解りでしょう。
最後に外科医が脳をいじるのは全然無理。どこを切れば脳にダメージを極力与えずに血腫を取り除けるかなんて、脳外科医以外にはできない判断。それにこんな修羅場の帝王切開を専門医でもない外科医がやったら大変ですよ。「やったこともない手術をやった!そのため患者が死んだのだ!逮捕だ!」となるのが分かり切っています。
(3) 脳内出血
脳内出血を子癇と誤診したから、妊婦が死亡したなんて、そんな報道されているほど単純ではないことを多くの方は理解しておられると思いますが、この妊婦の脳内出血とはどのような状態であったのかm3という医師のブログ・掲示板に転載可として書かれていたというので、下記に掲げます。
今日、患者さんの死亡原因の診断を教えてもらいました。右脳混合型基底核出血で、手術としては脳室ドレナージが行われたようですが、かなり大きな出血だったため、回復され なかったそうです。
脳内出血の原因は、年齢から考えて、aneurysm(動脈瘤)があったんだろうか。32歳といえば、aneurysm破裂の好発年齢ですよね。年齢から考えるとAVM(動静脈奇形)は、否定的で すし、予後は比較的いいはずですから。aneurysmは分娩時におこる頻度はまれだったな。そういえば妊娠20週まではAVMが多くって、30週から40週まではaneurysmが多いという文献もあったっけ。PUBMEDでももう一度調べてみます。
不幸にも亡くなられた方の既往のepisodeに何かなかったのかなと思いました。()は私の注です。
大淀病院でこの患者の脳内出血に対処可能であったかに付いては、「元検弁護士のつぶやき」の中で、転載可として脳外科医(留学中)さんが書かれていますので、下記に掲載します。
脳室体外ドレナージだけであったのならば、大淀病院で可能です。
ただし、臨月の妊婦でなければ。
決断してから、準備、手術、回路の設置終了までは、急げば30分程度の処置ですが、この場合片方だけでなく、両側脳室をドレナージした方がベターなので、さらに15分ほど追加、さらに出血で脳室がシフトしていて一度で穿刺できない可能性なども考えると、処置のために「最低」1時間は予測しなければなりません。
そしてドレナージの最中に脳圧の急激な変化が、胎児の心拍数低下などの危機的状況を導く可能性なども考えれば、この処置は手術室で帝王切開と同時に行うべきです。
麻酔科も、NICUもない病院で、このような危険な処置は行うべきではありません。
さらに、いつ搬送先が決まるかもわからない状況です。
もし、CTで出血がわかったとしても、「母子の管理が十分に出来る施設へ一刻も早く搬送して、搬送先の手術室で処置を行ってください」というのが、正しい判断だと確信します。
また、視床から被殻を巻き込む大型の血腫で、かつ脳室穿破を伴っているタイプの脳内出血であれば、CTを撮れば見逃すことはありませんが、たとえ手術を行ったとしても予後は不良です。
出血の原因としては、高血圧性のものが第一に考えられます。若年者なので、脳動静脈奇形も鑑別しなければなりません。動脈瘤破裂の好発年齢は50代で、部位的にも考えにくいと思います。ただし、血腫で何が何だかわからなくなっていると思います。
いつかは起こりえる、そして起こるべくして起きた事故ですが、学ぶことはとても多いと思います。
問題点は、たくさん見えてきました。
少なくとも、このブログをご覧になられている方には、この産婦人科医を責めることは、何も生み出さないということを認識していただけるのではないかと思います。
そしてこれから生まれる命と母になる女性のためにも、今後どのような体制を整えていかなければならないかを考える必要があります。
それが、亡くなられた方と、残されたご家族に報いる、唯一の方法であると思います。
(追記)
たまたま見つけた文章です。
脳室ドレナージは要するに脳圧が上がらないように、水抜きをするということだから、それで 患者の家族が満足できるレベルの「救命ができた」とは言えない。てか、ふつうの人は救命=ふつうに生活できると思いこんでいるが、あくまでも救命=寝たきりであろうがなんだろうが「生きている」状態のことだ。
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コメント
こんばんは
トラックバックいただきありがとうございました。
毎日新聞の「スクープ」記事。その厚顔さには少し呆れに似た感情を憶えてしまいます。一方的な取材により作られた記事がどんなに危ないものか?を彼らは知らないはずはないと思うのですが...
それとも、時間差でとにかくより早く報道したものが勝ち。ということに目が眩んだのでしょうか?
こちらからもトラックバッックさせていただきました。
投稿: いなか小児科医 | 2006年10月24日 (火) 21時05分