1) 衆議院厚生労働委員会
10月27日のエントリー真実の報道-大淀病院事件で、当日の27日に開催された衆議院厚生労働委員会で大淀病院事件についても、取り上げられると書きましたが、午後の会議で質問を行った民主党の柚木道義議員が大淀病院事件の関連を取り上げました。詳細は、ここをクリックすれば議事録が読めます。
2) 医療事故調査委員会
この厚生労働委員会の討議の中で、私が注目した点であり、是非実現して欲しいと思ったのが、柚木委員の質問に対する柳澤厚生労働大臣の次の答弁です。
事件、事故には、最近のような複雑な社会のもと、また高度に技術が進歩した段階におきましては、警察権力が直接に入っていろいろと処断をしていくことが必ずしも適切でない分野というものが非常に多くなっているというふうに私は考えるわけでございます。
そういうことで、別に警察権力を排除するという気持ちがあるわけではございませんけれども、やはりその前に、より専門的あるいは技術的な検討がなされるということが、それに携わっている方々が今後十分に活躍をしていくということのためにも必要だというふうに考えるわけでございます。
そういう観点から、実は、先行事例としてあります航空・鉄道事故調査委員会というような、それに類似したような医療事故に対する事故の究明、こういうようなものを行う体制が必要であるということを考えておりまして、現在、そうした機関を構築すべく検討をいたしておりまして、本年度内に厚生省としての試案を提示し、来年度にはそれについてまた有識者の御検討をお願いする、こういうようなことで順を追って体制の整備に取り組んでいるところでございます。
医療事故調査委員会を立ち上げ、国民が安心できる医療が実現することを期待したいと思います。
3) 小田原市立病院の医療事故に関する事故調査委員会
医療事故調査委員会について考える上で、参考になるのが小田原市立病院の医療事故です。報道としては、
毎日-小田原市立病院の医療事故:両親が5830万円損賠提訴 刑事告訴も検討へ /神奈川
朝日-1歳児死亡は病院のミス 両親が小田原市に賠償請求提訴
産経-小田原市立病院の男児死亡、賠償求め両親提訴
があり、概ね以下の内容です。
「2月6日の未明から泣く回数が増えていたにもかかわらず、医師が注視せず異常を見過ごした。看護師もミルクをはく可能性が予見できたのに見過ごした。」ことにより当時1歳の男児が死亡した医療事故で、男児の両親が10月30日、小田原市を相手に5830万円の損害賠償を求める訴訟を横浜地裁に起こした。市側は「訴状を見ていないのでコメントできない」としている。
実は、この医療事故に関しては、小田原市が、事故の背景及び原因について調査等を行い、今後の医療事故の再発防止を図るためとして、小田原市立病院医療事故調査委員会を設置していたのです。事故調査委員会の設立決定は2月20日で、3月1日に第1回審議が開かれ、6月に報告書が作成されました。その報告書はここをクリックすれば読むことが出来ます。
4) 事故調査委員会の報告書を読むと
事故調査委員会の報告書は、再発防止の観点でこの事故をよく分析しており、再発防止と信頼関係の再構築に向けた提言として5項目を挙げています。小田原市もこの提言を受けて、再発防止と信頼関係の再構築に取り組んでいることと思います。
一方、1歳の男児の病状を注視せず見過ごしたことについて、報告書を読んでみると、病院側に特に落ち度があったとは私には認められないのです。続きを読むに事故当時の状況を転記しましたが、6時58分に点滴を終了し、7時10分には窓越しに確認し、その後泣き声も聞こえたが、7時20分にベッドの上でミルクを嘔吐し、ぐったりしているのを発見した(心肺停止状態)とのです。詳細は報告書の4ページ目から12ページ目にわたって書かれています。
5) 小田原市立病院の医療事故の原因
事故調査委員会は、背景の分析や再発防止のための取組等についての検討は行っています。しかし、医療事故の原因究明はしていないのです。理由は、遺体が司法解剖となったため解剖結果を事故調査委員会が手にすることが出来なかったし、一切のデータも入手できなかったからです。
司法解剖とは、刑事訴訟法に基づき検察・警察が犯罪(この場合は、医師の業務上過失致死)捜査を目的として行われる解剖であり、死亡原因を究明する刑法・刑事訴訟法に関係する解剖です。解剖鑑定書は検察庁にわたることになり、その結果は「刑事訴訟法第47条 訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があつて、相当と認められる場合は、この限りでない。」と定められていることから、裁判の前には公表されず、但し書き部分は、司法解剖の鑑定書について適用されていません。
多くの遺族は医師を業務上過失の罪を負うべきだと考えておられるわけではなく、「死に至った納得のいく原因が知りたい。同じ様な思いを他の人がすることのないように、再発防止に取り組んで欲しい。」と思っておられるはずです。でも、小田原市立病院医療事故については、司法解剖となったために、医療関係者のみならず事故調査委員会にも解剖結果は伝わっていないのです。解剖目的は再発防止が主眼ではありません。不起訴となったら、その時点で解剖鑑定書は、遺族や医療機関に開示されることもあるようです。
(この7月に最初にクローズアップされたパロマ事件の当時21歳の松江市から東京に出てきていた人が96年3月18日に死亡した事件では、この人の母親が10年たった今年2月に、当時をしのばせる物が残っていないか赤坂署を尋ね、署員の勧めで都監察医務院に連絡し、「死体検案書」を手に入れて、そこで、解剖所見欄に、高い濃度の一酸化炭素中毒だったことを示す記述があったことを発見したということもありましたが。)
司法解剖とは、刑事訴訟法による解剖です。犯罪の疑いがなければ司法解剖は行われないが、逆に犯罪の疑いがあれば、検証のために強制的に実施されることとなります。小田原市立病院医療事故については、報告書に以下のように書かれているのです。
本件については、心肺停止に至った理由を医学的に解明する必要があると判断した。診療科責任者より患者家族に解剖の必要性を説明したところ、家族は、司法解剖の実施を望んだ。
病院は病理解剖を望んだと思うのです。病理解剖は、犯罪の為の解剖ではないので、結果の開示については、当事者の取り決めで済みます。警察が司法解剖が必要と判断し、裁判所の鑑定処分許可状を取れば、強制的に司法解剖が実施されることとなるのですが、医療機関における死亡の場合に、司法解剖が必要な場合は、どれだけあるのだろうと思うのです。本来、医療は医師と患者の信頼関係がなければ成立しないはずです。司法解剖を望むことは、医師を犯罪者とし、市民のために医療を提供しようとしてくれている善意の医師を医療から遠ざけ、医療崩壊につきすすんでいくことの恐れがないのだろうかと思うのです。勿論、民事訴訟をすることは国民の権利であり、刑事告発をすることも許されます。でも、真相の解明や再発防止の取り組みを阻害することはよくないと考えます。病理解剖の結果により、訴訟や告訴を行うことも出来るはずです。
柳澤厚生労働大臣の言われた医療事故調査委員会の体制作りを是非お願いしたいと思うのです。医療事故調査委員会が病理解剖の結果を審査、検証することでよいと思うのです。医療事故調査委員会による個々の重大事故の原因や背景を分析した有益な提言を入手できることを期待したいのです。それにより医師と患者の信頼関係も、もっと良くなるのではと期待するのです。
6) 追記
時事通信-2006/11/07-17:03 執刀医ら2人を書類送検=腹腔鏡使用、腸の損傷見落とし-慈恵医大病院死亡事故と言う報道がありました。東京慈恵会医科大学附属病院のこの発表では、この医療事故についても、医療事故調査委員会と外部調査委員会が設置されています。
なお、この慈恵医大附属病院の医療事故も、病院発表にもありますが、単純ではなく、2003年12月10日に○○クリニックにおいて子宮内胎児死亡で流産手術を受けた。手術直後より強い下腹部痛があり、超音波検査で腹腔内出血を認めたため、子宮穿孔、子宮内外同時妊娠などを疑い慈恵医大附属病院に緊急搬送となった。患者様ご本人、ご主人(医師)の同意の下、まず腹腔鏡により腹腔内を検索することとし、腹腔鏡下で子宮穿孔部を止血し縫合処置を受け、開腹術の必要なしとの見解で、手術を終了した。12月12日14時30分ごろまでは患者は意識清明で、普通に会話をしていたが、その後、腹膜炎症状が強まり、16時30分消化管穿孔性腹膜炎の疑いで緊急開腹手術を施行した。12月13日未明、突然の循環機能障害、心停止が発生し、ICUにおいて診療科を越えた懸命の治療を続けた結果、一時的には回復を認めた。しかしその後再度全身状態が悪化し、多臓器不全で2004年1月1日に死亡。
事故の要因として、医師間の患者様に関する情報の伝達が適切でなかったこと、情報の共有化が不足していたことが含まれるとしている。なお、○○クリニックの産科医、麻酔を担当した産科医は慈恵医大の卒業生でした。
浅学ながら、他の産科医が書き込みなさらないのでXXXさんに。
まず子癇発作というのは血管が締まって脳に血が行かなくなる状態です。当然脳以外の所でも血管が締まっていますから胎盤や腎臓、肝臓でも血流が極端に落ちます。従って一時的とはいえ脳全体が酸欠になっている上、さらに腎不全と肝不全がこれまた一時的とはいえ起こっているとお考えください。そうなれば脳浮腫(脳がむくむ)も起きますし、胎児の状態も悪くなります。けいれんが起きていれば呼吸状態も悪いでしょうから、胎児の状態はさらに悪いでしょう。母体がそのまま死んでしまうことだってあります。前にも書きましたがこれくらい重症だと大体1割死亡。ここまでで重症の子癇発作がどんな状態かイメージできたでしょうか?
で、医者の間では知られた事実ですが、脳梗塞の後血流が再開すると、そこで脳出血が起こることもあります。今回はこれではないかと推定しているわけです。
さらにさらに子癇発作というのは妊娠中毒症の妊婦に起きやすいわけですが、比較的軽症中毒症でも血が固まりやすくなって、ちょっとしたきっかけで体内に血栓が起きてしまいます。ましてや子癇発作時は、全身に微少な血栓が飛び散ったあげく、かえって止血機構が破綻して出血が止まらなくなるDICという状態も起きやすくなります。こうなったらもう多臓器不全から死亡へまっしぐらです。妊娠中毒症や子癇発作がどんなに危険なものか、おわかりいただけたでしょうか。私自身も遭遇経験はないので、ちょっと怖さを大げさに書いているかもしれませんが、間違っていたらどなたか修正してください。
というわけで、意識の戻らない重症の子癇発作患者を受け入れるというのは、並ではない覚悟が必要です。胎児も死ぬかもしれず、母体も死ぬかもしれない。しかも死ねばバッシングが待っている。おまけに前に書いたように、検察は「万全の体制でやれないところで危険な症例を引き受けるべきではない」と福島県立大野病院の事件で医師を逮捕したのですから、NICU,ICU,新生児専門小児科医、麻酔医、産科医数人ずつと、脳出血が明らかになった時点でさらに少なくとも脳外科医2名を直ちに用意できなければ受け入れ不能と回答するしかありません。野戦病院じゃあるまいし、「ベッドがなくても受け入れろ」という言葉の非現実性がお解りでしょう。
最後に外科医が脳をいじるのは全然無理。どこを切れば脳にダメージを極力与えずに血腫を取り除けるかなんて、脳外科医以外にはできない判断。それにこんな修羅場の帝王切開を専門医でもない外科医がやったら大変ですよ。「やったこともない手術をやった!そのため患者が死んだのだ!逮捕だ!」となるのが分かり切っています。
(3) 脳内出血
脳内出血を子癇と誤診したから、妊婦が死亡したなんて、そんな報道されているほど単純ではないことを多くの方は理解しておられると思いますが、この妊婦の脳内出血とはどのような状態であったのかm3という医師のブログ・掲示板に転載可として書かれていたというので、下記に掲げます。
今日、患者さんの死亡原因の診断を教えてもらいました。右脳混合型基底核出血で、手術としては脳室ドレナージが行われたようですが、かなり大きな出血だったため、回復され なかったそうです。
脳内出血の原因は、年齢から考えて、aneurysm(動脈瘤)があったんだろうか。32歳といえば、aneurysm破裂の好発年齢ですよね。年齢から考えるとAVM(動静脈奇形)は、否定的で すし、予後は比較的いいはずですから。aneurysmは分娩時におこる頻度はまれだったな。そういえば妊娠20週まではAVMが多くって、30週から40週まではaneurysmが多いという文献もあったっけ。PUBMEDでももう一度調べてみます。
不幸にも亡くなられた方の既往のepisodeに何かなかったのかなと思いました。()は私の注です。
大淀病院でこの患者の脳内出血に対処可能であったかに付いては、「元検弁護士のつぶやき」の中で、転載可として脳外科医(留学中)さんが書かれていますので、下記に掲載します。
脳室体外ドレナージだけであったのならば、大淀病院で可能です。
ただし、臨月の妊婦でなければ。
決断してから、準備、手術、回路の設置終了までは、急げば30分程度の処置ですが、この場合片方だけでなく、両側脳室をドレナージした方がベターなので、さらに15分ほど追加、さらに出血で脳室がシフトしていて一度で穿刺できない可能性なども考えると、処置のために「最低」1時間は予測しなければなりません。
そしてドレナージの最中に脳圧の急激な変化が、胎児の心拍数低下などの危機的状況を導く可能性なども考えれば、この処置は手術室で帝王切開と同時に行うべきです。
麻酔科も、NICUもない病院で、このような危険な処置は行うべきではありません。
さらに、いつ搬送先が決まるかもわからない状況です。
もし、CTで出血がわかったとしても、「母子の管理が十分に出来る施設へ一刻も早く搬送して、搬送先の手術室で処置を行ってください」というのが、正しい判断だと確信します。
また、視床から被殻を巻き込む大型の血腫で、かつ脳室穿破を伴っているタイプの脳内出血であれば、CTを撮れば見逃すことはありませんが、たとえ手術を行ったとしても予後は不良です。
出血の原因としては、高血圧性のものが第一に考えられます。若年者なので、脳動静脈奇形も鑑別しなければなりません。動脈瘤破裂の好発年齢は50代で、部位的にも考えにくいと思います。ただし、血腫で何が何だかわからなくなっていると思います。
いつかは起こりえる、そして起こるべくして起きた事故ですが、学ぶことはとても多いと思います。
問題点は、たくさん見えてきました。
少なくとも、このブログをご覧になられている方には、この産婦人科医を責めることは、何も生み出さないということを認識していただけるのではないかと思います。
そしてこれから生まれる命と母になる女性のためにも、今後どのような体制を整えていかなければならないかを考える必要があります。
それが、亡くなられた方と、残されたご家族に報いる、唯一の方法であると思います。
(追記)
たまたま見つけた文章です。
脳室ドレナージは要するに脳圧が上がらないように、水抜きをするということだから、それで 患者の家族が満足できるレベルの「救命ができた」とは言えない。てか、ふつうの人は救命=ふつうに生活できると思いこんでいるが、あくまでも救命=寝たきりであろうがなんだろうが「生きている」状態のことだ。